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昭和35(1960)から昭和38(1963)年にかけて製造された直通車両です。2001〜2003号はナニワ工機で製造されましたが、2004号〜2009号は自社の広島電鉄で製造されました。 デビュー当時は今のように2両連結ではなく単行車両であり、車体色も市内線色であったそうです。しかし昭和37(1962)年の直通運転開始にあわせて現在のピンクラインの直通色に塗り直され、昭和42(1967)年には前照灯の両脇に直通表示灯が設置されています。 昭和49(1974)年に宮島線の輸送力をアップするため、2001号を除く8両が武庫川車両工業で永久2両連結化改造が施工されました。昭和56(1981)年〜昭和59(1984)にかけては冷房化改造を受け、さらに昭和60(1985)年頃には方向幕の大型化・電動化と前照灯を窓下に移動して前尾灯が2灯化されると、今までの2000形の印象とは大幅に異なって、宮島線の主力車両として活躍していました。 しかし、新型車が次々と登場すると、宮島線内での速度の遅さと輸送力の不足が原因で、次第には平日の朝夕ラッシュ時にしか稼動しなくなり日中は殆ど動くことがなくなってしまいました。さらに、平成20(2008)年には市内線に居た3950形が宮島線へ戻ってきた関係で2002+2003号が休車扱いになった模様です。 ただし、主力車両が故障したりダイヤが大幅に乱れたりすると3100形が登場する割合が多いですが2000形も昼間の日中運用に登場することがあります。また、宇品花火大会開催日は主力車両が臨時便へ備えるため、日中運用に登場します。 現在は全車荒手車庫に所属し、平日の朝夕ラッシュ時を中心に2号線や宮島線〜日赤病院前・広電前直通便で活躍しています。 一方連結化されなかった2001号ですが、単行のまましばらく活躍していたそうですが、宮島線の輸送量増加には対応しきれずに営業車から事業用車へとなり、車両整備のため千田車庫へ入出場する高床車の牽引や、レール輸送などで活躍していました。 しかし台車に亀裂が見つかってしまったようで、その後荒手車庫の一番奥に長い間放置されて塗装はボロボロ剥れて無残な状態になっていました。そして平成15(2003)年10月に解体されてしまいました。 最後に車両方向ですが、車号が偶数が広島駅側で奇数が宮島口側となっており、A車・B車で別けられずに通し番号となっています。 上写真:2006+2007号 広島駅にて撮影 |
![]() 2008+2009号 猿猴橋町にて撮影(2008.4.28) |
| 2001 | ナニワ工機 | 1960年 | 未施工 | 未施工 | <廃車> | |
| 2002+2003 | ナニワ工機 | 1960年 | 武庫川車両工業 | 1974年 | 荒手車庫 | 使用休止中 |
| 2004+2005 | 広島電鉄 | 1962年 | 武庫川車両工業 | 1974年 | 荒手車庫 | |
| 2006+2007 | 広島電鉄 | 1962年 | 武庫川車両工業 | 1974年 | 荒手車庫 | |
| 2008+2009 | 広島電鉄 | 1963年 | 武庫川車両工業 | 1974年 | 荒手車庫 |