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昭和50(1975)年に西日本鉄道から1100,1200,1300形を購入したもので、元々は福岡市内線で活躍していた2両連接車両です。 まず、昭和51(1976)年に1300形の1305、1306号の2編成を小改造のうえ、塗装をピンクラインの直通色に変更、A車のみだったパンタグラフをB車にも設置して車号はそのままで2連接車として一足先に使用されていました。その他の種車は暫くの間、荒手車庫で留置されていました。 昭和54(1979)年より3連接車の3000形への改造が開始され、昭和57(1982)年までにかけて順次改造が行われました。A車にしかなかったパンタグラフをB車へも増設の上、パンタグラフも交換されています。車体にも手が加えられ、運転台扉以外は折り戸から引き戸に変更しスライド式の車掌窓の設置、また正面は腰部にあった前照灯が屋根上に移設して2灯化され、運転台上にある方向幕を大型・電動化、左右に直通表示灯が設置されています。C車となる車両は、運転台を撤去して中間車となり、側面に電動の大型方向幕を設置しています。また、3005号は1100形からの改造車のため、角ばった形状をしており他車とは違った印象を受け、3006号はC車のみ1100形をタネ車にしているため側面窓がやや縦長になっているが特徴です。 デビュー当時は冷房機が取り付けられておらず、扇風機が取り付けられていましたが、昭和55(1980)年から昭和58(1983)年にかけてよくバスで使用される、エバポレータ式で冷房化され、C車にコンデンサと電動機が取り付けられています。 広電初の3両連接車としてデビューし、直通電車の主力として活躍していましたが、「ぐりーんらいなー」などの新型車が登場すると、活躍場が少なくなり朝ラッシュ専属車的な存在となり、平成4(1992)年に3001号が廃車になっています。 しかし、平成10(1998)年から市内線へ転属を始め、当時日中は1号線、ラッシュ時は5号線で活躍するようになり、平成12(2000)年まで全車千田車庫へ転属しています。その後、効き難かった冷房の改善としてアルナ工機で冷房と電源装置の更新改造が実施されました。冷房機は広電では標準形である三菱電機製の集中式に交換、冷房装置の電源もインバータに交換されています。 今は宮島線から離れて営業運転で走行することはありませんが、重要部検査後の試運転で宮島線に入線することもあるそうです。 現在全車、千田車庫に配属されて日中では1号線、ラッシュ時では3,5,7,8号線で活躍していますが、7,8号線で使用する1台は江波車庫が寝床になっているため、約1週間おきに交代で3000形全7編成のうち1台が江波車庫へ出張して活躍しています。 上写真:3002号 広電本社前にて撮影 |
![]() 3003号 広大付属学校前にて撮影 |
![]() 3004号 広島港(宇品)にて撮影 |
![]() 3005号 横川駅にて撮影(2008.4.28) |
![]() 3006号 猿猴橋町にて撮影(2008.4.28) |
![]() 3007号 広島港(宇品)にて撮影 |
![]() 3008号 猿猴橋町にて撮影(2008.4.28) |
![]() 3006号の運転台 広島港(宇品)にて撮影 |
![]() 3006号の車内 広島港(宇品)にて撮影 |
| 3001 | 1979年 | 未施工 | 未施工 | <廃車> | |
| 3002 | 1979年 | アルナ工機 | 1998年 | 千田車庫 | |
| 3003 | 1980年 | アルナ工機 | 1998年 | 千田車庫 | 広告(ラッピング):『エイブル』『CHINTAI』 |
| 3004 | 1980年 | アルナ工機 | 1998年 | 千田車庫 | 広告(ラッピング):『アイ引越センター』 |
| 3005 | 1981年 | アルナ工機 | 1999年 | 千田車庫 | 広告:『宝石の和光』 |
| 3006 | 1981年 | アルナ工機 | 1999年 | 千田車庫 | |
| 3007 | 1981年 | アルナ工機 | 2000年 | 千田車庫 | 広告:『リースキン』 |
| 3008 | 1982年 | アルナ工機 | 2000年 | 千田車庫 | 広告:『明治製菓 XYLISH』 |