広島電鉄3500形
広島電鉄3500形(3501)

日本鉄道技術協会の開発委員会が研究開発した構成要素をもとに、昭和55(1980)年にアルナ工機と川崎重工で製作され、同時に登場した長崎電軌2000形とともに「軽快電車」と命名されました。

省エネルギー、低振動・低騒音、高加減速、乗り心地・居住性の向上、高安全性のほか、デザインの優秀性、保守・運転取り扱いの容易さが目指されました。これらのため、チョッパ制御、回生ブレーキ、1台車1モーターの直角カルダン駆動、電気バネ台車、片手操作のできる両手ハンドルマスコン、セミクロスシート、冷暖房可能のヒートポンプ式空調装置などが採用されました。

こうした技術は以降に導入された車両ほか、その存在価値が見直された各地の路面電車の新車にも生かされています。しかし、デビュー当時は開発した日本鉄道技術協会の所有物であり、広電は協会から電車を借り入れのかたちで使用していましたが、昭和56(1981)年3月に正式購入して一般公募によって愛称が「ぐりーんらいなー」に決定しています。つまりこの車両が「ぐりーんらいなー」の第1号であり、この愛称は3950形まで引き継がれることになります。

しかし、新税車両なのに初期の故障に大きく悩まされたうえ、座席がセミクロスシートのため、ラッシュ時の混雑が激しく乗務員や利用客からのクレームが相次いだそうです。そこで昭和58(1983)年には運転台後部の2人掛けクロスシートをロングシートへ変更して混雑緩和を図りましたが、操作方法が以降製造されたものとはやや異なり点検も手間がかかるため、次第に平日の朝ラッシュや競艇貸切のみでしか稼動しなくなり、1090形や70形とともに荒手車庫の隅っこに留置されて予備車的な存在で滅多に動くことはありませんでした。

しかし平成13(2001)年5月の検車出場から、稀に平日の朝に3往復運行される「西広島(己斐)〜JA広島病院前」の通称「イモダイヤ」に充当するようになり、以前に比べては随分稼働率が上がりました。この全検の際に、他車とは異なった形状をしていたワンハンドルマスコンのマスコン部分が在来車と同様のものに交換されています。

現在、平日朝ラッシュ時の「西広島(己斐)〜JA広島病院前」のダイヤで活躍しています(毎日とは限りません、時期によっては長期間稼動しない場合もありますのでご注意下さい)。

上写真:3501号 JA広島病院前にて撮影(写真提供:クハ115-3104様)


車号
製造会社
製造年
所属車庫
その他
3501 アルナ工機・川崎重工 1980年 荒手車庫 宮島線内のみの走行

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