広島電鉄750形
広島電鉄750形(761〜763,768,769,772)

昭和40(1965)〜昭和43(1968)年にかけて大阪市交通局の1601型、1651型、1801型の各22両が広電へ移籍してきました。

751〜760号は、昭和3(1928)年〜昭和4(1929)年にかけて梅鉢鉄工で製造された大阪市電1601型で100両近く製造された形式です。戦災で半数ほどが被災し、生き残った45両を1601〜1645号に改番され、昭和32(1957)年にはツーマン化(それまでは3人常務?)に伴い、3扉から2扉への改造工事を受けています。

1601形型は昭和42(1967)年までに全車廃車となりましたが、このうち10両が昭和40(1965)年に広電に引き取られ、1段昇降窓構造という広電では珍しい存在としてデビューしました。

そして13170mmという大型ボディーを生かして、輸送力が大幅にアップしています。しかし昭和初期製造で高齢からして、早くも昭和54(1979)年から廃車が始まってしまい、現在の貨51、52号に改造された758、759号を除いて、昭和62(1987)年までに全車廃車されてしまいました。

761〜764号の4両は、昭和15(1940)年に木南車輌で製造され1651型で、こちらは側窓が2段降下構造となりました。764号は770号に改番されて昭和62(1987)年に廃車になっていますが、761〜763号は平成8(1996)年に冷房化され、現在も活躍中です。

765〜772号の8両は、昭和25(1950)年に富士車輌で製造された1801型で、こちらも1651型と同様に側窓が2段降下構造ですが、乗降扉の周囲が角ばっているのが特徴です。

昭和62(1987)年に冷房化された768、769,772号を除く5両は廃車となっています。 広電転入の際に全て750形に統一され、前照灯を腰部から屋根上に移設され、正面左側にあった系統幕を撤去し、運転台窓上に小型で手動の方向幕が新設されています。

昭和49(1974)年にワンマン化が実施されましたが、車齢の高い車輌から順次廃車が相次ぎ、これに伴う車号整理で改番が相次ぎ行われています。また、この750形のうち766号は昭和57(1982)年に収録・放送されたドラマ番組で使用されて、そのドラマのラストワンシーンで爆破されてしまったという変わった引退・廃車のされ方をしています。

現在、761〜763,768,769,772号の残った6両は全て千田車庫に配属され、1900形の次に稼働率が高く、1,3,5号線で今も元気に活躍しています。

上写真:761号 元宇品口にて撮影(2008.4.28)


762号 広島港(宇品)にて撮影

763号 鷹野橋にて撮影(2008.4.28)

768号 広島港(宇品)にて撮影

769号 広島港(宇品)にて撮影

772号 広島港(宇品)にて撮影

750形の運転台 広島港(宇品)にて撮影

750形の車内 広島港(宇品)にて撮影

車号
製造会社
製造年
所属車庫
その他
751 梅鉢鉄工 1929年 <廃車>  
752 梅鉢鉄工 1929年 <廃車> 753へ改番
753 梅鉢鉄工 1929年 <廃車> 752へ改番
754 梅鉢鉄工 1929年 <廃車>  
755 梅鉢鉄工 1929年 <廃車> 766へ改番
756 梅鉢鉄工 1929年 <廃車>  
757 梅鉢鉄工 1929年 <廃車>  
758 梅鉢鉄工 1929年 江波車庫 現・貨51
759 梅鉢鉄工 1929年 江波車庫 現・貨52
760 富士車両 1940年 <廃車> 765へ改番
761 木南車両 1940年 千田車庫  
762 木南車両 1940年 千田車庫  
763 木南車両 1940年 千田車庫  
764 木南車両 1940年 <廃車> 770へ改番
765 梅鉢鉄工 1929年 <廃車> 760へ改番
766 富士車両 1950年 <廃車> 西部警察撮影で使用(爆破)
767 富士車両 1950年 <廃車>  
768 富士車両 1950年 千田車庫  
769 富士車両 1950年 千田車庫  
770 富士車両 1950年 <廃車> 764へ改番
771 富士車両 1950年 <廃車>  
772 富士車両 1950年 千田車庫  

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